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2008年07月31日

逃げ去る彼女

代々木公園

追いかけても
追いかけても
陽炎のように
追いつけなくて
僕の目に映るのは
彼女の背中だけだった


(写真:代々木公園)写真はクリックすると大きくなります

偽善エコロジー―「環境生活」が地球を破壊する (幻冬舎新書 (た-5-1))
偽善エコロジー―「環境生活」が地球を破壊する (幻冬舎新書 (た-5-1))武田 邦彦

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stars最もたやすく検証できるところの間違い
stars風評や雰囲気でなく批判的に考える材料に
stars偽善エコロジーという「偽善」?
stars半信半疑
stars政治の前に科学は無力

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極楽浄土

柴又帝釈天

極楽浄土に響く音色は
どんなだろう

極楽浄土に漂う薫りは
どんなだろう

お腹も減らず
老いもせず
毎日
毎日
聞き続けたても
飽きないくらい
素晴らしいものだろうか


(写真:柴又・帝釈天)写真はクリックすると大きくなります

男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋
男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋渥美清

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stars片岡仁左衛門の絶妙な受けが忘れられない傑作!
stars石田あゆみが伝統的な古風な女性をしっとり演じた秀作
stars石田あゆみが良かった。しっとりとした味わいの「寅さん」

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2007年04月08日

都知事選

今日は都知事選挙の投票日であった

やっぱり

石原さんが勝つのかな

浅野さんもなんだか

よくわからないし

吉田さんもぱぁ〜としない

黒川さんもなんだかな

選挙の意味が分かっているのかな

ましてや

こんな人もいるし

どうなっているのでしょう

なんてぼやきつつ

僕が投票したのは


「ドクター・中松」


彼なら発明で東京を救ってくれるに違いない

なんちって

石原さん以外なら誰でもいいのですよ

本当のところは

ぼくたちが石原都知事を買えない四つの理由。
ぼくたちが石原都知事を買えない四つの理由。姜 尚中 宮崎 学

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2006年12月07日

出雲大社

 松の並木を歩いていくと、それほど大きくはない鳥居に行き着く。その先には拝殿が見える。縁結びの神様で知られる出雲大社の拝殿は、左右非対称になっていて目を引く造りをしている。左右対称でない拝殿だけが変わっているわけではない。出雲大社ではお参りの作法も他の神社とは異なっている。普通は二拝二拍一拝なのだが、出雲大社では二拝四拍一拝なのだ。これが考古学者の心に触れるようだ。四は死を意味し、大国主命の怨念を沈める役目を負っている、なんていうのを読んだ記憶が蘇る。ここは長い歴史を持つ神社だ。もう創建当時の意味合いなど誰も本当のことは分からない。ただ分かるのは、正面以外の三方を山に囲まれている出雲大社は落ち着いていて、威厳があるということくらいだ。拝殿へと進む。右側に偏った正面にぶら下がる注連縄はやはり太い。出雲地方の神社の注連縄は、関東や関西の注連縄よりもかなり太いように見受けられる。屋根にぶら下がっているというよりも、注連縄に屋根がついていると言っても良いくらいだ。

 10月のことを一般的には神無月というのは、神様がお出かけしてしまうからで、ではどこに行ってしまうのかというと、ここ出雲に来ている。だから出雲では神無月とは言わない。日本国中、ひょっとしたら世界中から神様が10月になると出雲に集結するこの月を神在月と呼ぶ。今年の12月1日は旧暦の10月1日に当たる。神様が出雲の町にやってきた野田。町は神様で溢れ、屋台が立ち並び、宿の予約は取りにくい。なんていうのは神様の世界の話であって、人間側から見た出雲の町は静かで、出雲大社も静けさの中に佇んでいた。それでも八百万の神様たちに惹きつけられたように人間もいつもよりは大勢訪れているようだった。

 訪れている人の中では女性の人が多かった。やはり縁結びの神様だからなのだろう。他の神社ではあまり見られないくらいに真剣にお参りしている女性もいた。けれども今は神在月。縁結びの神様だけでなく、離縁の神様も来ているに違いない。あの女性たちの祈りがちゃんと縁結びの神に届いているのかどうか、人事ながら心配になってしまうのだった。僕の方はというと、特に結婚願望があるわけでもないので、いつも神社でお参りするときと同じように家族の健康と僕の仕事が順調にいきますようにと祈るだけ。結構控えめな方だと思う。これくらいだったら八百万の誰かが願いを聞いてくれても良さそうだ。いや、聞いてくれるに違いない。

神社の系譜 なぜそこにあるのか
神社の系譜 なぜそこにあるのか宮元 健次

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stars説得力不足。
starsスペクタクル
stars神社に行きたくなりました。
stars言われてみれば・・・
stars神社がそこにある不思議に迫る

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2006年12月05日

妖怪

 境港には妖怪がいる。東京の永田町にも妖怪が跋扈しているが、それとは種族を別にしているのだろう。人間に媚を売るような真似はしない。永田町にいる妖怪たちが仕立ての良いスーツに身を包み、顔には笑顔があったりして一見すると妖怪とは気がつかない場合が多いが、境港のは違う。見てすぐに妖怪と分かる。一番の違いは、境港の妖怪は人間の欲や怠惰さに付け込むことはあっても、正直に生きている人間に害は及ぼさないところだ。

 境港のメインストリートである水木しげるロードには、沢山の妖怪のオブジェが置かれている。そう、ここは「ゲゲゲの鬼太郎」の作者である水木しげるさんの故郷なのだ。境港の駅から水木しげる記念館への道ばたには、水木さんが命を吹き込んだ妖怪たちで立ち並んでいる。

 それにしても沢山の妖怪がいるものだ。名前を知らない妖怪も沢山いた。ろくろ首や座敷童など、それなりに著名な妖怪は21世紀になっても自力で生き残ったのかもしれないが、その他大勢の妖怪たちは水木しげるさんの漫画がなければ、とっくの昔に忘れ去られ、博物館の中に納まっていたのかもしれない。そのような妖怪に取って水木しげるさんは、足を向けて寝られない存在だ。

 訪れたのが平日ということもあって、妖怪たちは誰にも相手にされず、少し寂しげであった。小雨の降る中、無言で立ち尽くしている。チョッカイを出す人間が周りにいないのだから仕方がない。妖怪は人間をおちょくってこそ、妖怪なのであって、人間から相手にされなかったら妖怪としては失格なのだ。その証拠に多くの妖怪は、人間の浅ましさや愚かさを狙って登場する。妖怪は生きていく人間の闇の部分を姿に現したものなのかもしれない。

 人が生きていくのには、多くの戒めが存在する。その多くは合理的とは限らない。人を殺してはいけないという戒めでさえも、いけないということはほとんどの人間によって共有されてはいるものの、その合理性を明確、そして簡潔に述べることは難しい。だから間違っているということではない。合理的な理由がなければ間違っているという訳ではないのだ。無批判に受け入れなければならないことも世の中に存在する。しかし合理性を追求するあまり、人間は闇の部分を捨ててしまったのではないだろうか。妖怪という存在によって、闇が闇であり続けることができた時代は終わりを告げ、今は人間が人間のままでかつての闇の部分を曝け出し始めたのではないだろうか。最近の凶悪事件を見ているとそんな気さえしてしまう。

 夕刻の水木しげる記念館では、地元の警察が飲酒運動撲滅キャンペーンをしていた。そこにはもちろん、鬼太郎とねずみ男の姿もあった。妖怪の世界でも飲酒運転は問題になっているらしい。

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starsゲゲゲの鬼太郎
stars夏休みを思い出し
stars60’s&70’sの魅力とは?
starsついに出るんですねぇ…(涙)
starsついに...

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2006年09月25日

東京弁

 標準語と言うと、なんだか東京弁がそのまま横滑りでなったと思われているがそうでもないらしい。東京弁と標準語は違うもので、かつては東京弁というのが歴として存在していた。神田辺りの職人なんかは、東京弁で話していたのだろう。しかし東京弁を話す人はもうほとんどいない。粋な東京弁を耳にすることはもうないのだ。

 僕の家はもともと神田でお菓子のタネの問屋を営んでいたらしいのだが、親父は祖父の仕事の関係で小樽で生を受けた。「三代続かないと江戸っ子とは言わない」らしいから僕は江戸っ子ではないことになる。僕の意識としても自分が江戸っ子であるとは思っていないが、それでも本籍地は今でも神田岩本町だ。父も母も普通に標準語で話して、東京弁の風情は感じさせないし、僕も然りだ。
 東京弁とか江戸っ子と言うと、「べらんめぇ」とか「宵越しの銭は持たねぇ」なんて語彙が思い浮かんで、短気なイメージがあって、僕もそのようなイメージを持っていたのだが実際はそうでもなかったようだ。神田育ちの京須偕充さんは、その著書「とっておきの東京ことば」の中で「家康入国後に本格的な歴史が始まった新興の大都会が繁忙と転変をきわめていたから、また、極端に武家人口の多い土地ゆえにいつも引き締まった言動、出処進退が求められたから、端的な物言いが主流になり、そこから短期の印象が生まれたのではないか」と推測している。「早い話が」なんていう語彙も東京弁では多用されたようだが、それでもやはり話の頭にはマクラがあってから本題に入るのが、大人の流儀だったようだ。

 その本には今では耳にしなくなった幾つもの東京弁が挙げられている。大抵のものは意味がなんとなくは分かるものだったが、中には全く意味の理解できないものもある。例えば「弥助」。これだけ聞くと単に人の名前だと思ってしまうけれど、そうではない。「弥助」と言えばそれはお寿司のことを指していたのだと言う。語源は浄瑠璃の「義経千本桜」の登場人物の名だとなっているのだが、これが僕にはピンと来ない。

 言葉は時代時代で良くも悪くも変遷していくもの。今の言葉使いだって、50年後には珍妙に聞こえたり、懐かしく聞こえたりするかもしれない。

東京ことばが満載です!

とっておきの東京ことば
とっておきの東京ことば京須 偕充


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2006年09月23日

伏見稲荷大社

 京都市伏見区に伏見稲荷大社という神社がある。京都駅からJR奈良線に乗って稲荷駅下車。駅舎を出ると、すぐに参道があって辿り着く。
 伏見稲荷大社は稲荷神を祀る全国約4万社の稲荷神社の総本宮だ。御祭神は稲荷神で宇迦之御魂神(うかのみたま)などの穀物の神の尊称らしい。宇迦之御魂神の「ウカ」には穀物・食物の意味があるのだそうだ。今では産業全般の神さまとして信仰されている。稲荷大社の縁起は、欽明天皇が即位(539年または531年)される前のまだ幼少のある日「秦の大津父という者を登用すれば、大人になった時にかならずや、天下をうまく治めることができる」と言う夢を見たことに始まる。早速方々へ使者を遣わして探し求めたところ、和銅四年(711)2月初午の日に秦伊呂巨が鎮座したのだそうだ。稲荷という名前は、秦伊呂巨が富裕に驕って餅を的にした時に、その餅が白い鳥に化して山頂へ飛び去っり、そこに稲が生ったのが起こりとされている。秦伊呂巨はその稲の元へ行き、過去の誤ちを悔いた。そこの木を根ごと抜いて屋敷に植え、祀ったという。その稲生り(いねなり)が転じて「イナリ」となり「稲荷」の字が宛てられた。ちなみに秦(はた)氏は朝鮮半島の新羅地方出身であろうと考えられている帰化系氏族だ。名前の由来が面白い。仁徳天皇に絹織物を献上し、天皇がこれらの絹織物は肌膚(ハダ)に温かであると詔せられ、その時に「波多公」の姓を賜ったのがその由来とされている。その後雄略天皇の御代になると、秦公酒という者が天皇の御前に絹帛をうず高く積んで献上したので、「禹都万佐(うずまさ)」という号を賜ったとある。太秦という地名の始まりである。太秦は秦氏の領地だったのである。
 僕が伏見稲荷大社に行ったのは、何処までも続くと思われる鳥居を見るためだった。本殿横の参道を行くと、噂に聞いていたとおり、鳥居が続いている。本当に何処までも続いているように思えてならない。進んでも進んでも終わりが見えないのだ。最初は平坦だった参道も次第に階段が現れて、しっかりとした山道になってしまう。汗が流れおち、息は上がる。しばらく行くと鳥居が終わって、一息をつくものの、まだ続きがある。そうこうしているうちに結局山頂まで登ってしまった。ひーひー、はーはー汗だくになりながら降りてくると、ひとりのおじいさんと行き違った。おじいさんはしっかりとした足取りではあるけれども、その進みは遅い。ゆっくりと参道を進んでいた。手には線香を持っている。線香には既に火がついていた。おじいさん、気が早すぎないか?おじいさんの足取りでは線香が燃え尽きるまでに辿り着けないような気が...。合掌。

世界遺産好きとしては、厳島神社にも惹かれます...

世界遺産 日本編4 (厳島神社/日光社寺)
世界遺産 日本編4 (厳島神社/日光社寺)緒形直人 鳥山雄司


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2006年09月18日

読めます??

 昔働いていた会社の先輩に「百々」という名字の人がいた。男の先輩だったけれど「もも」なんて可愛らしい名前なのだと思っていたら違った。「百々」と書いて「とど」と読むのだった。とどさん。なんだか大きくて、浜辺で寝転んでいる動物を連想して、その姿が先輩に似合っていたので、ひとりでにやけてみたのだけれど動物のトドは「海馬」と書くようだ。
 日本には多くの名字がある。同じく漢字を使用する中国や韓国よりも圧倒的に多い。中国は約500種類、韓国は約250種類なのに対して日本には約29万種類くらいの名字があるらしい。そのためか変わった名字も多い。五十嵐さんではないけれど、名字に数字が用いられている名字も多いらしい。
 「一」と数字の「1」を書いて「にのまえ」さんと読む。2の前なのでしょう。「二」は「したなが」さんとなります。確かに「二」の横棒は下の方が長い。言われればなんとなくイメージできるものの、ヒントがないと決して読めそうにない。こう来ると「三」が気になるところ。しかし残念ながら「三」は普通に「さん」と読むようだ。「三」さん、「さんさん」、呼びかける時にちょっと間抜けかも知れない。百々さんがいた会社には「藤」さんがいて、呼びかける時には「とうさん」と言わなくてはいけなくて、父さんでもないのに「とうさん」と呼ぶのが変に恥ずかしかったのを思い出した。
 「一」の読み方もトンチのようだったが、「九」の読み方もトンチを解くようにしなければならない。「九」はこの文字だけで「く(きゅう)」と読む。一文字だけで「く」。だから「いちじく」。なんじゃそりゃという感じだけれど、そうなのだから仕方がない。トンチ系では他に「小鳥遊」という名字がある。これも普通には読めない。解読のヒントはこの時から想像するイメージにある。小鳥が遊んでいる。ピーチク、パーチクしているのだ。長閑な風景。そこには気の合う友人しかいない。せせらぎの音が聞こえ、ゆっくりと時間が流れている。小鳥にとってもやはり平和で天敵がいない。そうです、敵がいない。鷹がいないのです。だから「たかなし」と読むのだそうです。鷹以外にも小鳥の敵はいるのではないかなんて疑問を持ってはいけません。
 日本にはそれだけ多様性に富んだ名字がある一方で、名字を持たない人もいる。まぁ数は少ないけれど。ちなみに○○宮家とか呼ぶ場合の○○宮は名字ではないのだそうです。

姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します....

名字と日本人―先祖からのメッセージ
名字と日本人―先祖からのメッセージ武光 誠

おすすめ平均
stars名字が示す、「家」の起源
starsルーツ探しにも

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2006年09月16日

権威に弱い

 中島誠之助さんの本を読んだ。あの「良い仕事してますねぇ」の中島さんの本だ。骨董商を営んでいる中島さんは今まで多くの偽物を見てきたと同時に、偽物に騙される人を見ている。あの中島さんでさえ、長い人生の中では騙されたこともあるのだと言う。中島さん曰く、権威に弱い人間ほど騙されやすい。特に日本人は権威に弱く、盲目的にそれを信じ込んでしまうことが多いようだ。骨董の世界では箱書きや鑑定書がそれに当る。箱書きや鑑定書がついていても専門家が見ると証明している訳でもなく、言い逃れしている箱書きや鑑定書が多いらしい。それでも素人はそれを頼りに価値があるものと思い込んでしまうのだ。
 僕も権威には弱い。僕にとっての身近な(?)権威は世界遺産だ。「ユネスコの世界遺産リストに登録されています」となってると、なんだか行ってみないと損してしまうような気がしてしまう。この前京都を旅行したときもその言葉に釣られて方々へ赴いてしまった。何せ「古都京都」は世界遺産の宝庫だ。京都で登録されている17の寺社と城のうち、実に9つの世界遺産を見てしまった。そしていつものことなのだけれど後悔した。
 「僕はユネスコの世界遺産リストに翻弄されている...。」
 ユネスコのホームページによると世界遺産とは「地球の生成と人類の歴史によって生み出され、過去から引き継がれた貴重な宝物」だそうだ。歴史の宝物です。だからビジュアル的に圧倒されるとは限らない。かつてその場所で歴史的な出来事があったりしたことは事実なのだけれど、見た目は「なんだかな〜」ということも十分にあり得る。京都の世界遺産の中では宇治上神社ががっかり世界遺産の名に相応しかった。本殿は日本最古の神社建築なのだそうだが、建築に明るくない僕には良く分からない。地味な建物にしか見えなかった。世界遺産でなければ通り過ぎてしまうだろう。
 上には上がいる。宇治上神社はまだましな方かも知れない。僕が訪れたことのある世界遺産の中でもっともがっかりさせられたのは、イランにあるスーサ(シューシュ)だ。紀元前4000年前から人が住んでいたスーサは、アケメネス朝ペルシャの時には都になった町。その後栄華を極めるものの、アレキサンダー大王によって陥落してしまった。大王がスーサの町にあった金銀財宝で遠征費用を全て賄えたくらいにこの町は繁栄していたようだ。しかし栄枯盛衰。今ではただの荒野だ。柱のひとつでも残ってやしないかと目を凝らしても、何も見えない。何もない。ところどころに穴が残っていたりするだけなのだ。砂まじりの風に曝されながら僕は呟いた。
 「なんでこんなところに来たのだろう。」
 やはりビジュアル的に刺激がある方が訪れて楽しいですね。でもこれからも世界遺産という言葉に敏感に反応してしまうのだろうなぁ。権威には弱いですから。

ニセモノ師たち
ニセモノ師たち中島 誠之助

おすすめ平均
starsニセモノ師たち
starsこれは面白い!!
stars魑魅魍魎が跋扈する骨董・古美術商の世界の面白さ
stars軽い気持ちで読み始めたが・・
starsつねに相手を称えて、同時に自分を売る

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2006年09月13日

関西弁って...

 東京出身の僕にはよく分からないのだが、関西弁と一口に言っても色々とある。頭では分かっている。関西弁と言っても、京都弁、河内弁、神戸弁など色々と別れていて違うということは知識としては持っている。でも聞いただけでは、それが京都弁なのか、河内弁なのかなんて事は分からなくて、一緒くたに関西弁になってしまう。神戸の人に「大阪弁だねぇ」だなんて言ってしまった時には、「あんな汚い言葉と一緒にしないで」と怒られた。それはそれで大阪の人が聞いたら怒ってしまいそうだけれど。大阪の人に「大阪弁だねぇ」と言ったら、今度は「大阪弁なんてないで」と訂正された。大阪の言葉でも大阪府北部から神戸東部、京都南辺(摂津国)にかかる摂津弁、中部の河内弁、南部の泉州弁の三種類に大きく別れるらしい。もう先祖代々関東の地で暮らしてきた僕にとっては奇々怪々だ。
 関西の人々は、それらの人が関西弁のどれを喋っているのか、ちゃんと分かると言うからもっと不思議だ。言葉使いの違いなのか、イントネーションの違いなのか。テレビに出ている芸能人も話し方でどこの育ちか大体分かるのだと言う。注意深く聞けば、どことどこの言葉が混ざっているのかさえも分かるらしい。面白い。東京なんて一応方言があるけれど、茨城弁ぐらいに違えば分かるものの、横浜育ちだとか東京の下町育ちだとかは全く分からない。肝心要の東京弁を話す人なんて、ほとんどいないだろう。町を歩いていても、テレビを見ていても「べらんめぇ」なんて言っている人は見当たらないのだ。東京なんて全国からの寄せ集めだから仕方が無いのかも知れない。
 関西弁の中で、最もイメージが良いのが京都弁だ。それは僕個人の感想かも知れない。関西出身の人には嫌みな感じに聞こえるみたいだが、僕にはとても優しく聞こえてしまう。
「どすえぇ」とか「おいでやす」なんて和服の女性に言われたら、それだけでにやけてしまうかも知れない。そんなことを京都のおばんざい屋(おばんざいという言葉も京都っぽいなぁ)で話していたら、店の人が「皆さんが連想する京都弁は花街言葉が多いんですよ」と教えてくれた。花街に売られた女性が簡単に抜けられ無くするために、言葉が独特になっているのだと言う。逃げても言葉で分かってしまう訳だ。おそろしや、おそろしや。

そういえばカーナビで方言バージョンがあったような...

関西弁を英語で喋れまっか?
関西弁を英語で喋れまっか?シャノン ヒギンス

おすすめ平均
starsよろしおまんな~関西人必読
starsほんまにおもろい英語本?関西弁の本?

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2006年09月10日

四葉

 京都の見所の多くは歩いて回れるくらいの距離にあるとは言うものの、やはり時にはタクシーに乗ってしまう。京都のタクシーと言えば低価格路線が売りのMKタクシーは東京でも有名だ。ガソリン価格が高騰している昨今では低価格路線を続けるのも一苦労だろう。先日のテレビでは多くのタクシー会社が値上げを申請しているというニュースを流していたくらいだ。
 京都のタクシーの運転手は皆一様に親切なのには驚いた。どのタクシーに乗ってもハズレが無い。東京のタクシーに乗ると道を知らない運転手に当ってしまう不運もあるが、京都ではそんなことはない。その上、運転をしながら簡単な名所案内をしてくれる。
 「右に見えるのが北野天満宮」とか 
 「これは御所」とか
ちゃんと教えてくれるのだ。その上、喫茶店の情報も知っていたりする。運転手は中年の男性だった。その人の口から「流行の抹茶カフェ」なんて言葉が出てくるとは思わなんだ。ちなみに僕は抹茶カフェなるものが流行っていることさえ知らなかった。
 「祇園にある抹茶カフェは混んでいるから、ねねの道にある方がいいよ。大抵の場合は空いている。」
おお!おじさんは何でも知っている!みたいな雰囲気だ。まさかおじさんが若者向けの情報誌を日々読んで研究している訳ではないだろう。観光客へのサービスが徹底しているのだろうな。でも自分が知らないことを訊かれると静かになる一面もある。何でも知っていそうだったので「烏丸」は何で「からすまる」ではなくて「からすま」なのか、「る」はどこへ行ってしまったのかと訊いてみたところ、さり気なく話題を変えられてしまった。うむむ。熟練の話術ではぐらかされてしまった。
 この町で有名なタクシーにはヤサカタクシーもある。京都で初めてタクシーを走らせた伝統ある会社だ。今でも市内で最も多くのタクシーを走らせているらしい。この会社のトレードマークはクローバーだ。車体の屋根に屋根に三つ葉のクローバーを付けているタクシーをよく見かける。クローバーはその旺盛な繁茂する力から活力のシンボルとされているから、会社の繁栄を願う気持ちが込められているのだろうな。そして四葉のクローバーは幸運のシンボルとされる。それはヤサカタクシーでも同じ。市内を走る沢山のタクシーの中に数台だけ、屋根に付いているマークが四葉のクローバーになっているタクシーが走っているらしい。粋な計らいです。京都に滞在している間、四葉のヤサカタクシーを捜したが、残念ながら僕は結局見つけることが出来なかった。
 京都駅の伊勢丹の中で「〈トミカ〉ヤサカタクシー限定発売のお知らせ」なんていうのを目にしたので、もしやと思って見てみたが、こちらもしっかり三つ葉のクローバーのヤサカタクシーであった。四葉のヤサカタクシーはどこを走っていたのであろうか...。

タクシーの価格競争とは全く別の争いです...

F1ビジネス―もう一つの自動車戦争
F1ビジネス―もう一つの自動車戦争田中 詔一

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starsこれってみんな知ってること?
starsジャーナリストにはここまで書けない。
stars資本が絡むとこうなる。
starsF1への誘い
starsF1ファン必読の一冊

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2006年09月09日

飛び降りるつもり?

 良く使われる言い回しに「清水の舞台から飛び降りるつもりで」というのがある。だんだんと死語になりつつあるようなこの言葉は、橋田壽賀子さんのドラマに良く似合う気がする。というのはさておき、清水寺である。もちろん「清水の舞台」なるものはこの寺にある。寺なのに、写真やテレビで見る清水寺はいつもその「舞台」ばかり。いったい「舞台」とは何ぞやというのが、僕の長年の疑問だった。それがようやく解明されることになる。
 朝の6時から開いているとのことなので、5時半に宿を出て寺へと向う。空はまだ薄暗く、途中の一年坂、二年坂、三年坂の辺りの風景を独り占めできるだろうと思っていたら甘かった。どこの町でも老人は早起きなのだ。朝早くから老人たちは徘徊、いや失礼、散歩をしていた。犬の散歩をしている人たちもいる。僕にとっての京都は世界遺産のある観光地なのだけれど、ここに住んでいる人にとっては世界遺産もいつも見慣れている風景で、今日も昨日と同じいつもの生活を営んでいるという当たり前のことを実感させられる。そしてその思いは清水寺でピークへと達するのだった。
 早朝の清水寺には観光客の姿はまばらだった。その代わりおじいさん、おばあさんの姿が多い。彼らは黙々と清水坂を登り、頂上にある清水寺を朝の散歩の終着地点にしているだけではない。清水寺へと到着した彼らは、少し休憩した後に、おもむろに体を伸ばしたり、捻ったりし始める。中には数人で一緒の動きをしている集団もある。そう清水の舞台で朝の体操をしているのだ。そうしている内に寺のスピーカーからはラジオ体操が流れてくる。世界遺産でラジオ体操...。羨ましいのか、羨ましくないのか、その辺りの判断は微妙だ。でも舞台からの景色を眺めながらの体操は気持ちが良さそうなことだけは確実だった。彼らにとっては世界遺産も毎朝体操するだけの場所なのかも知れない。
 僕は別にラジオ体操をしに、清水寺に行ったのではない。寺にある「舞台」とやらを見るために登ったのだった。体操するおじいさん方に目を奪われつつ、「舞台」を見た。本堂の一部分が山の斜面にせり出すようにして建てられていて、長大な柱で支えられている部分が「舞台」と呼ばれるのだった。劇場などの舞台とは全く関係がないようだ。このような構造を「舞台造」と言うらしい。なんだか拍子抜けしてしまうような種明かしだった。しかし舞台は高い。「清水の舞台から飛び降りるつもりで」という表現が思い切って物事を決断することを意味するのが良く分かる。良く分からないのは「つもり」が高まって「つもり」じゃなくなった人がいたらしいことだ。かつて本当に飛び降りた人がいたのだという。それも234人も...。そして意外なことに生存率は85パーセントと高かったらしい。思い切って物事を実行すると、人間はそう簡単に死なないようです。

眠れぬ夜にはこんなのがいいかもしれない

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諸行無常の響あり

 祇園の町は八坂神社の門前町である。八坂神社と言うよりも、祇園祭りが行われる神社と言った方がイメージが湧くかも知れない。地元の人は祇園さんと呼ぶらしい。もともとは「祇園社」「祇園感神院」と呼ばれていたのが明治元年の神仏分離令(廃仏毀釈運動)により、今の呼称である「八坂神社」に改められたという。
 創建は西暦656年といわれているのだから、その歴史は古い。御祭神はスサノヲノミコト、クシナダヒメノミコト、八柱御子神と看板に書いてあるが、これは明治以降の御祭神で、明治以前は牛頭天王(ゴズテンノウ)、沙竭羅竜王(サガラリュウオウ)、頗梨采女(ハリサイニョ)だった。牛頭天王って誰?牛の頭と書くくらいだから、相当に頭の大きい人(?)だったに違いない。僕の中で顔の大きい人というと西郷隆盛かドラえもんなのだが、いかんせんそれだけでは牛頭天王の姿を連想するのは難しい。調べてみると牛頭天王は疫病神の一面を併せ持つ神で、疫病を撒き散らすと同時に親切に迎え入れた農民に対しては万病に効く術を授けたとも言われていることが分かった。そのような腹芸ができるのはドラえもんよりも西郷どんの方が相応しい、ということで僕の想像する牛頭天王は限りなく上野の森に佇んでいる西郷どんに近いものに仕上がってしまった。
 姿かたちはさておき、牛頭天王はインドの祇園精舎の守護神なのだそうだ。祇園精舎はインドにあった寺院で、釈迦が説法を行ったとされる場所。そのため門前町が祇園と呼ばれるようになった。祇園はもともと外国の地名だったのね...。「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響あり」なんてあるからてっきり日本古来のものだと思っていた。確かに諸行無常だろう。気がついたら牛頭天王がスサノヲノミコトに代わっているのだから。正確にいうと牛頭天王はスサノヲノミコトと習合したことになっているらしい。いいですね。このアバウトな感じ。「いやぁお互い凄いのだから、ここはひとつ、同じ神さまで良いんじゃないですか?」なんて話し合っているのを想像してしまいます。

日本の神さまは大勢いますから...

神社の系譜 なぜそこにあるのか
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愛煙家に優しい町

 京都の町は碁盤の目のように整備されているし、町の大きさも手頃で歩くのにとても都合がいい。京都の宿は四条河原町だったので、大抵の場所へは歩いていくことが出来た。先斗町や木屋町はすぐだし、祇園まで行くのにだってものの10分程度だ。僕は基本的に歩いて観光していた。
 歩いていて気が付くのは、観光客の多さだ。僕もその一人なのだから仕方が無いのだけれども、中でも目に付くのは海外からの旅行者と思しき人々だった。金髪だったり、背が高かったりと欧米からやって来た風の人々もいれば、アジアンな人々もいる。特に中国語と思われる言葉を話している人たちが多いように思えた。彼らは日本人と同じように団体で行動するのが主流のようだ。集まってピーチク、パーチクと甲高い声で話している。不思議に思えるのは、僕ら日本人には中国人や韓国人を日本人ではないとなんとなく見分けることが出来るということ。話している言葉が聞こえたら勿論のこと、別に人民服を着ていなくても、なんとなく外見だけで「あっ、この人日本人じゃない」と分かることが多い。まぁ最近の中国では人民服を着て歩いている人なんて、そうそういないと思うけれど...。その反面、少なくとも僕にはヨーロッパ人の中で誰がフランス人で、誰がドイツ人で、誰がイギリス人か当てろと言われたら答えに詰まってしまう。でもヨーロッパ人にはなんとなく見分けが出来るらしい。身近な国の人だと、細かい部分までイメージがあるからなのかも知れない。
 観光客の多さ以上に僕の関心を引いたのは、町中にある灰皿の多さだ。昨今の嫌煙ブームの中、これだけ町中に堂々と灰皿を置いている政令指定都市はないのではなかろうかと思うほどである。僕が住んでいる東京の新宿区では、路上喫煙禁止の条例が出来たとたんに、町中の灰皿が一斉に撤去されてしまった。さすがは観光都市。訪れる人々全員に京都にいる時間を楽しんでもらいたいと考えているに違いない。たばこ特別税(旧国鉄の債務返済に充当している)をコツコツと支払っているのだから、少しは感謝してもらいたいと日々思っている僕にとってはなんとも嬉しい限りだ。さらに吃驚したことに、煙草の自動販売機が午後11時を過ぎても販売していた。やはり京都はいい。愛煙家に優しい町である。ただ自動販売機が11時以降に販売していたのはただの偶然だと京都在住の友人に言われたが...。

かつては大人のたしなみだったのですが...

グレート・スモーカー―歴史を変えた愛煙家たち
グレート・スモーカー―歴史を変えた愛煙家たち祥伝社新書編集部


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2006年09月08日

月食と騒音

 今朝、日本からは部分月食を見ることが出来た。午前3時5分に欠け始め、同3時51分に欠けた部分が最大になったらしい。ま、今回の月食の時は寝ていたのだけれど、昔イスラエルを旅行していた時に部分月食を見たことがある。驚くほどの早さで欠けていく月には呆気にとられるだけだった。月が地球の影に入って暗くなるからだと、頭では理由をしているものの、目の前で繰り広げられる現象は不思議なものであった。
 21世紀に生きている僕でさえ、不可思議な気持ちに包まうのだから、古代の人々が月食を見たら度肝を抜かれたに違いない。世界の終わりかと思ってしまったのかも知れない。例えばモンゴルでは昔から大空には大きなワニが住んでいると考えていて、何年かに1度起こる月食は、そのワニがおこすものだと考えていたらしい。若者は長老に問う。
 「月食はどうして起こるのですか?」
 「それはワニが大きな口をあけて月をまるごと飲み込んでしまうからじゃ!」
なんていう会話が交わされていたらしい。月が飲み込まれては困る。そこでモンゴルの人々はワニが月を飲み込んでしまわないように、イソイソと準備をした。
 「鍋や鉄板を叩いて大きな音をだすのじゃ!」
 「飼っている犬に吠えさせるのじゃ!」
大きい音を出したり、犬を吠えさせたりすることによって、ワニは驚き、飲み込もうとする月を口から吐き出してくれると考えたのだった。人々は鳴らす。力の限り鳴らすのだ。しかし人々のどんちゃん騒ぎも徒労に終わってしまうかのよう。どんなに音を出しても、月は徐々に姿を消していってしまう。長老は叫ぶ。
 「皆の衆!もっと音を出すのじゃ!」
ドンドンドンドン!ワンワンワン!ドンドンドン!ワンワンワン!
そうしている内に皆の努力が実を結び、月は再び姿を現し始める。
 「皆の努力の賜物じゃ...。」
長老はそう呟き、大きな音を出し続けたであろう若者に労いの言葉をかけ、モンゴルの大平原は再び静寂に包まれるのであった。

宇宙には不思議がいっぱい

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下鴨神社

 京都に行ってきた。久々の旅だった。京都に行くのは二度目なのだが、初めて行ったのは中学の修学旅行のときで、それはもう遥か昔のこと。今回が初めての上洛と言って良い。上洛なんて書くと大袈裟だな。気分は弥次さん、喜多さんです。
 京都の中心部は碁盤の目のように道が延びている。これは平安京の昔からだ。桓武天皇が794年に長岡京から遷都して、明治維新まで日本の都だった京都は、隋・唐の長安に倣って碁盤の目のように道が整備されたという。長安と違うのは城壁が無いことだ。平安京だけでなく、日本の都市には城壁が無いことが多いのだけれど、海外では繁栄している都市は当然略奪の対象になるのだから町を囲む城壁があることが普通であるように思う。日本には異民族の略奪者が突然登場することなんて無かったからかも知れない。いずれにせよ、桓武天皇はこの地を都に選んだのだった。
 そこでふと、疑問が浮かぶ。桓武天皇が都を置くまでの京都はどうだったのだろう。ただの草原?それとも荒れ地?と思っていたら世界遺産に登録されている下鴨神社にその答えがあった。平安京遷都以前のこの辺りは賀茂(鴨、加茂)氏の領土だったというのだ。下鴨神社の正式名称は「賀茂御祖神社」という。その名のとおり賀茂氏の祖先を祀っている。公式サイトを見ると『崇神天皇の二年(BC二)に神社の瑞垣の修造がおこなわれたという記録があり、それ以前の古い時代からまつられていたとおもわれます。』と書いてある。紀元前2年ですよ。イエス・キリストが産まれる以前の話です。本当かな?と思う前に神話の匂いを感じてしまうけれども、相当長い歴史を持つことには変わりはない。そして下鴨神社は上賀茂神社とともにもともとの領主だった賀茂氏の氏神を祀っている神社だった。その後桓武天皇が平安京遷都のため行幸、御親斎されてから皇室との繋がりが強くなったらしく、平安時代には皇城鎮護の神として高い地位が与えられている。それでは賀茂氏はどうしたのだろうと思うのだけれど良くわからない。代々下鴨神社の神事を統率していたようだが、ちょっと影が薄い。軽く調べたところでは方丈記を著した鴨長明が賀茂氏であることぐらいしか分からなかった。
 賀茂氏と天皇家との繋がりは古い。神武天皇(神話ですな)が東征の際に熊野山中の険路に阻まれて立往生したときに天より翔け下って神武天皇を助け、大和までの道案内をつとめたという神の遣い八咫烏は賀茂氏の祖加茂建角身の化身であったという。つまり鴨長明は八咫烏の子孫ということになるらしい。もうダーウインも真っ青ですな。キリスト教右派の人々も納得がいかないだろう。
 ちなみに三本足の八咫烏は日本サッカー協会のシンボルとして、日本代表のエンブレムにも用いられている。エンブレムをよく見ると三本足のひとつでサッカーボールを押さえていたりするのだった。

下鴨神社をもっと知るには...

世界文化遺産 下鴨神社と糺の森
世界文化遺産 下鴨神社と糺の森賀茂御祖神社 下鴨神社=


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2006年08月28日

給湯室

 日暮里の駅を出て南千住の方に歩いていくと途中にはEDWINと書いてある建物があった。アパレル・メーカーの株式会社エドウインの本社だ。幼い頃はEDWINというブランドからてっきり外国のブランドだと思っていたけれど歴とした日本のブランドなのだ。調べると1960年代に日本で初めてジーンズを製造した会社とある。通り過ぎようとしたら、中から男性が出てきた。初老の男性だった。アパレル業界で働いている男性なのであろうか、ちょっと小洒落ている。パリッとしたシャツにジーンズだ。ジーンズのポケットにはもちろんEDWINと書かれている。
 ふと疑問が湧いた。この男性は自分の好みで自分が働く会社の製品をはいているのであろうか。それとも社内では自社製品をどこかしらに身に付けないといけないからはいているのだろうか。自社製品を気に入っているということもあるだるけれど、他社の製品だって使ってみたいと思うこともあるはずだ。トヨタの社員だって日頃はカローラに乗っていたとしても、心の中ではポルシェに憧れているかもしれない。そうレクサスのSC430ではなくて、ポルシェにだ。SONYの社員だって齧られた林檎のマークに憧れている人だっているかもしれない。
 それが高じると、もう社内では立派なマイノリティに違いない。アオキの社員がコニカのスーツを着て出社した日には、もう後ろ指を指されるのは確実だ。女子社員は給湯室で囁き合う。
 「ねぇ、知ってる?総務の田中さん、コニカのスーツで会社に来ているのよ。」
 噂の広まりは早い。あっという間に部長の耳に入ってしまう。田中さんはより一層の窮地に立たされてしまうのだった。とある日の午後、部長が田中さんのところにやって来て言う。
 「済まないが、君は来月から小笠原出張所へ赴任してもらう、理由は分かっているね。」
なんてことになりかねない。多勢に無勢。長いものには巻かれよ。サラリーマンは無用な争いは避けるのだ。
 それにしても、やはり下世話な噂話には給湯室がよく似合う。何故だろう。
 

働く女性の24時間―女と仕事のステキな関係
働く女性の24時間―女と仕事のステキな関係野村 浩子

おすすめ平均
stars男性が読んでも得るもの多々有
starsがっかり・・・
stars読みやすい連載記事。
stars悩んでいるのは自分だけではない!
stars男性も読むべきです

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2006年08月23日

将軍家と吉野家

 小金井にある江戸東京たてもの園は江戸時代から昭和初期までの建物が建ち並んでいる。復元されたものもあるが、全ての建物は実際に使用されていたものだ。農家もあれば、瀟洒な住宅もあるし、昭和の看板建築の商店を移築したものもある。ちょっとした住宅展示場のようなものだ。
 古い建物の中には江戸時代後期に建てられた吉野家という建物がある。吉野家と言っても「早い、美味い、安い」の吉野家とは関係がない。現在の三鷹市の名主役を勤めた格式ある吉野さんの家を移築したものである。江戸時代には多摩地域は尾張徳川家の鷹狩場であった。余談だが三鷹という名前の由来も徳川将軍家及び御三家が鷹狩を行なった鷹場の村々が集まっていたことと、世田谷領・府中領・野方領にまたがっていたことに由来する(三領の鷹場)とする説がある。うひゃうひゃと鷹を追かけて疲れきってしまったお殿様ご一行がこの吉野家で休息を取られたのだ。重ね重ね書くが決してお殿様は
 「特盛り、ツユダク。」
とやっていた訳でない。でもこの家を舞台に「目黒のさんま」のようなストーリーが展開されていた可能性は否定できない。世間知らずのお殿様は思うのだ。「鷹とさんまは三鷹に限る」と...。
 吉野家の内部には、当時将軍が休息したとされる部屋がある。床の間があって農家の中に書院造り風の部屋があるのだ。壁には釘隠しもされているし、畳も他の部屋とは違って豪華なものが使われている。驚くのはその部屋は家の主である吉野家の方々も使用していなかったということだ。その部屋は将軍家のために普段は使用していなかったという。さらには玄関も立派な造りのものがあるのだけれど、それも吉野家の面々は使用しなかったらしい。これではこの家が吉野家のものではないような気がしてしまう。まぁそう言い伝えられているだけで、実際には吉野家の人もその玄関から家に入り、将軍家用の部屋で寛ぎ、殿様ごっこをしていたのかもしれない。いや、していてほしい。

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2006年08月10日

みたらし団子

 鹿島神宮を散歩してきた。鹿島神宮はタケミカヅチノカミを祭神とする神社で、古来から軍神として武人の尊信が厚いところだそうだ。タケミカヅチノカミといえば、出雲の国譲り神話にも登場する。日本書紀では、なかなか国譲りを承諾しないオオクニヌシノミコトの元にタケミカヅチノカミとフツヌシノカミの二神を送り込むことによって、国譲りの話が進むことになったとされる。ちなみにフツヌシノカミも軍神で、こちらは香取神社に祭られている。
 出雲の神話に登場する神が遠く離れた茨城の地に祭られているのは神武天皇の東征にこうけんしたからというが本当なのかどうかはよくわからない。
 参道の通り抜け、一番奥まで行くとそこには御手洗の池というのがあった。鳥居が中に立つ泉には今でも水が湧き出ている。昔はその辺りが表参道で、参拝者はその池の水で清めてからお参りをしたと言う。池の周りにはちょっとした茶屋がある。のぼりが立っている。よく見るとのぼりには「元祖」みたらし団子と書いてある。なるほど!みたらし団子の「みたらし」とは鹿島神宮の御手洗の池から来ているのか!と僕はひとりごちて、ちょっと賢くなってようなきがして家に帰ってきたのであった。
 家に帰ってきてから、ふとみたらし団子のルーツをグーグルで調べてみた。そうするとなんだか違う。どうやらそのルーツは鹿島神宮ではなく、京都の下鴨神社(加茂御祖神社)の葵祭りや御手洗(みたらし)祭のときに、神前のお供え物として氏子の家庭などで作られたのが始まりなのだそうだ。「後醍醐天皇が境内にある御手洗池で水をすくったところ、最初に泡がひとつ浮き、やや間を置いて4つの泡が浮き上がったところから、その泡を団子に見立てて作った」なんていう方が伝説っぽくていい。でもあののぼりは何だったのだろう。