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2007年01月19日

台湾訪問記 その29

壷という壷が

僕を責め立てる

いや

壷だけではない

書も掛け軸も

同じように僕を責め立てるのだった

故宮博物院は中国歴代王朝のコレクションを

展示している

故宮とは北京の紫禁城のことだ

清の遺産の正当な承継者であることを

示すために

蒋介石が台湾に持ってきた

中には中国の4000年の歴史で満杯だ

壷や書は

古いということは

説明書きを見れば分かるのだが

いかんせんその良しあしを

はかる教養が

僕にはなかった



(写真:故宮博物院正面)

2006年12月05日

妖怪

 境港には妖怪がいる。東京の永田町にも妖怪が跋扈しているが、それとは種族を別にしているのだろう。人間に媚を売るような真似はしない。永田町にいる妖怪たちが仕立ての良いスーツに身を包み、顔には笑顔があったりして一見すると妖怪とは気がつかない場合が多いが、境港のは違う。見てすぐに妖怪と分かる。一番の違いは、境港の妖怪は人間の欲や怠惰さに付け込むことはあっても、正直に生きている人間に害は及ぼさないところだ。

 境港のメインストリートである水木しげるロードには、沢山の妖怪のオブジェが置かれている。そう、ここは「ゲゲゲの鬼太郎」の作者である水木しげるさんの故郷なのだ。境港の駅から水木しげる記念館への道ばたには、水木さんが命を吹き込んだ妖怪たちで立ち並んでいる。

 それにしても沢山の妖怪がいるものだ。名前を知らない妖怪も沢山いた。ろくろ首や座敷童など、それなりに著名な妖怪は21世紀になっても自力で生き残ったのかもしれないが、その他大勢の妖怪たちは水木しげるさんの漫画がなければ、とっくの昔に忘れ去られ、博物館の中に納まっていたのかもしれない。そのような妖怪に取って水木しげるさんは、足を向けて寝られない存在だ。

 訪れたのが平日ということもあって、妖怪たちは誰にも相手にされず、少し寂しげであった。小雨の降る中、無言で立ち尽くしている。チョッカイを出す人間が周りにいないのだから仕方がない。妖怪は人間をおちょくってこそ、妖怪なのであって、人間から相手にされなかったら妖怪としては失格なのだ。その証拠に多くの妖怪は、人間の浅ましさや愚かさを狙って登場する。妖怪は生きていく人間の闇の部分を姿に現したものなのかもしれない。

 人が生きていくのには、多くの戒めが存在する。その多くは合理的とは限らない。人を殺してはいけないという戒めでさえも、いけないということはほとんどの人間によって共有されてはいるものの、その合理性を明確、そして簡潔に述べることは難しい。だから間違っているということではない。合理的な理由がなければ間違っているという訳ではないのだ。無批判に受け入れなければならないことも世の中に存在する。しかし合理性を追求するあまり、人間は闇の部分を捨ててしまったのではないだろうか。妖怪という存在によって、闇が闇であり続けることができた時代は終わりを告げ、今は人間が人間のままでかつての闇の部分を曝け出し始めたのではないだろうか。最近の凶悪事件を見ているとそんな気さえしてしまう。

 夕刻の水木しげる記念館では、地元の警察が飲酒運動撲滅キャンペーンをしていた。そこにはもちろん、鬼太郎とねずみ男の姿もあった。妖怪の世界でも飲酒運転は問題になっているらしい。

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2006年08月23日

将軍家と吉野家

 小金井にある江戸東京たてもの園は江戸時代から昭和初期までの建物が建ち並んでいる。復元されたものもあるが、全ての建物は実際に使用されていたものだ。農家もあれば、瀟洒な住宅もあるし、昭和の看板建築の商店を移築したものもある。ちょっとした住宅展示場のようなものだ。
 古い建物の中には江戸時代後期に建てられた吉野家という建物がある。吉野家と言っても「早い、美味い、安い」の吉野家とは関係がない。現在の三鷹市の名主役を勤めた格式ある吉野さんの家を移築したものである。江戸時代には多摩地域は尾張徳川家の鷹狩場であった。余談だが三鷹という名前の由来も徳川将軍家及び御三家が鷹狩を行なった鷹場の村々が集まっていたことと、世田谷領・府中領・野方領にまたがっていたことに由来する(三領の鷹場)とする説がある。うひゃうひゃと鷹を追かけて疲れきってしまったお殿様ご一行がこの吉野家で休息を取られたのだ。重ね重ね書くが決してお殿様は
 「特盛り、ツユダク。」
とやっていた訳でない。でもこの家を舞台に「目黒のさんま」のようなストーリーが展開されていた可能性は否定できない。世間知らずのお殿様は思うのだ。「鷹とさんまは三鷹に限る」と...。
 吉野家の内部には、当時将軍が休息したとされる部屋がある。床の間があって農家の中に書院造り風の部屋があるのだ。壁には釘隠しもされているし、畳も他の部屋とは違って豪華なものが使われている。驚くのはその部屋は家の主である吉野家の方々も使用していなかったということだ。その部屋は将軍家のために普段は使用していなかったという。さらには玄関も立派な造りのものがあるのだけれど、それも吉野家の面々は使用しなかったらしい。これではこの家が吉野家のものではないような気がしてしまう。まぁそう言い伝えられているだけで、実際には吉野家の人もその玄関から家に入り、将軍家用の部屋で寛ぎ、殿様ごっこをしていたのかもしれない。いや、していてほしい。

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