台所太平記 谷崎潤一郎
解説によると、昔の日本ではほとんどの場合中流家庭以上に女中さんがいたという。今ではすっかり時代が変わってしまった。「女中さん」という言葉自体が古めかしい。今なら「家事手伝い」と言ったところ。この本はそんな昔の話だ。
東京生まれなのだが関西に移住したという、何やら著者である谷崎を思わせる主人公の家に訪れた女中たちの観察記録のような体裁になっている。僕は女中のいるような家庭で育った訳ではないので、血の繋がっていない人間が家にいるという状況を経験したことが無い。女中と聞くと、なんだか召使いのようなイメージを持ってしまう。悪くすると奴隷に近いようなイメージだ。上に立って、人を使う。使われる人にはこれっぽっちの人権も慈悲も与えられない。こんなイメージなってしまうのだが、本に登場する女中さんと主人との関係はそうではない。もっと暖かみのある関係なのだ。
主人である磊吉が散歩に行く。映画を見に行く。このような時に磊吉は、お気に入りの女中を伴っていく。この本を読む限りでは、女中さんの立場はそれほど下では無いように思えるのだ。女中さんというか、使用人というと、映画ドライビング・ミス・デイジーに出てくるモーガン・フリーマンのようなイメージを持っていた僕の予想は完全に裏切られた。まぁドライビング・ミス・デイジーでも女主人が厳しく使用人にあたるのだけれど、実は心の交流があったりして、そこが泣かせるのだけれど。
僕にもしもお金があったとしても、そのような暖かい感じで人を使えるのかな。人を使うというのは僕の最も苦手とするところなので、なんだか必要以上に偉ぶったり、自分を卑下してしてしまうような気がしてならない。ホテルに泊まる時にもそれを痛感する。ホテルのボーイさんが荷物を持ってくれそうになると、なんだかとても悪いことをさせているような気がしてしまう。結局自分で持ってしまう。ただ単に貧乏症なのかもしれないね。
いずれにしても女中さんや召使いとの関係を悩まなくてはいけないほどのお金が僕には無いことだけは確かなことです...。
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