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伏見稲荷大社

 京都市伏見区に伏見稲荷大社という神社がある。京都駅からJR奈良線に乗って稲荷駅下車。駅舎を出ると、すぐに参道があって辿り着く。
 伏見稲荷大社は稲荷神を祀る全国約4万社の稲荷神社の総本宮だ。御祭神は稲荷神で宇迦之御魂神(うかのみたま)などの穀物の神の尊称らしい。宇迦之御魂神の「ウカ」には穀物・食物の意味があるのだそうだ。今では産業全般の神さまとして信仰されている。稲荷大社の縁起は、欽明天皇が即位(539年または531年)される前のまだ幼少のある日「秦の大津父という者を登用すれば、大人になった時にかならずや、天下をうまく治めることができる」と言う夢を見たことに始まる。早速方々へ使者を遣わして探し求めたところ、和銅四年(711)2月初午の日に秦伊呂巨が鎮座したのだそうだ。稲荷という名前は、秦伊呂巨が富裕に驕って餅を的にした時に、その餅が白い鳥に化して山頂へ飛び去っり、そこに稲が生ったのが起こりとされている。秦伊呂巨はその稲の元へ行き、過去の誤ちを悔いた。そこの木を根ごと抜いて屋敷に植え、祀ったという。その稲生り(いねなり)が転じて「イナリ」となり「稲荷」の字が宛てられた。ちなみに秦(はた)氏は朝鮮半島の新羅地方出身であろうと考えられている帰化系氏族だ。名前の由来が面白い。仁徳天皇に絹織物を献上し、天皇がこれらの絹織物は肌膚(ハダ)に温かであると詔せられ、その時に「波多公」の姓を賜ったのがその由来とされている。その後雄略天皇の御代になると、秦公酒という者が天皇の御前に絹帛をうず高く積んで献上したので、「禹都万佐(うずまさ)」という号を賜ったとある。太秦という地名の始まりである。太秦は秦氏の領地だったのである。
 僕が伏見稲荷大社に行ったのは、何処までも続くと思われる鳥居を見るためだった。本殿横の参道を行くと、噂に聞いていたとおり、鳥居が続いている。本当に何処までも続いているように思えてならない。進んでも進んでも終わりが見えないのだ。最初は平坦だった参道も次第に階段が現れて、しっかりとした山道になってしまう。汗が流れおち、息は上がる。しばらく行くと鳥居が終わって、一息をつくものの、まだ続きがある。そうこうしているうちに結局山頂まで登ってしまった。ひーひー、はーはー汗だくになりながら降りてくると、ひとりのおじいさんと行き違った。おじいさんはしっかりとした足取りではあるけれども、その進みは遅い。ゆっくりと参道を進んでいた。手には線香を持っている。線香には既に火がついていた。おじいさん、気が早すぎないか?おじいさんの足取りでは線香が燃え尽きるまでに辿り着けないような気が...。合掌。

世界遺産好きとしては、厳島神社にも惹かれます...

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