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将軍家と吉野家

 小金井にある江戸東京たてもの園は江戸時代から昭和初期までの建物が建ち並んでいる。復元されたものもあるが、全ての建物は実際に使用されていたものだ。農家もあれば、瀟洒な住宅もあるし、昭和の看板建築の商店を移築したものもある。ちょっとした住宅展示場のようなものだ。
 古い建物の中には江戸時代後期に建てられた吉野家という建物がある。吉野家と言っても「早い、美味い、安い」の吉野家とは関係がない。現在の三鷹市の名主役を勤めた格式ある吉野さんの家を移築したものである。江戸時代には多摩地域は尾張徳川家の鷹狩場であった。余談だが三鷹という名前の由来も徳川将軍家及び御三家が鷹狩を行なった鷹場の村々が集まっていたことと、世田谷領・府中領・野方領にまたがっていたことに由来する(三領の鷹場)とする説がある。うひゃうひゃと鷹を追かけて疲れきってしまったお殿様ご一行がこの吉野家で休息を取られたのだ。重ね重ね書くが決してお殿様は
 「特盛り、ツユダク。」
とやっていた訳でない。でもこの家を舞台に「目黒のさんま」のようなストーリーが展開されていた可能性は否定できない。世間知らずのお殿様は思うのだ。「鷹とさんまは三鷹に限る」と...。
 吉野家の内部には、当時将軍が休息したとされる部屋がある。床の間があって農家の中に書院造り風の部屋があるのだ。壁には釘隠しもされているし、畳も他の部屋とは違って豪華なものが使われている。驚くのはその部屋は家の主である吉野家の方々も使用していなかったということだ。その部屋は将軍家のために普段は使用していなかったという。さらには玄関も立派な造りのものがあるのだけれど、それも吉野家の面々は使用しなかったらしい。これではこの家が吉野家のものではないような気がしてしまう。まぁそう言い伝えられているだけで、実際には吉野家の人もその玄関から家に入り、将軍家用の部屋で寛ぎ、殿様ごっこをしていたのかもしれない。いや、していてほしい。

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