赤い星
エジプトの象形文字(ヒエログリフ)は長い間解読不能とされていた。エジプト文明が衰退と同時にその文字を使う人々がいなくなってしまったために誰も分からなくなってしまったのだ。その文字を再び読むことに成功したのは、ジャン=フランソワ・シャンポリオンというフランス人だった。彼の発想が優れていたのは「エジプトの象形文字はある時は表意文字として、またある時は表音文字として働く」と考えた点にある。そこで、まず表音文字としての機能から解読を始めた。彼はエジプト民衆語(デモティック)、ギリシャ語、ヒエログリフの三つの言語で文字が刻まれているロゼッタ・ストーンに刻まれた支配者の名前は言語を越えて同じ音であるはずとの仮説を立て、その解読に成功したのだった。つまり、ラムセスという名の王はデモティック、ギリシャ語、ヒエログリフのいずれでも文字が違うだけで「ラムセス」という音で表されているということである。
確かに人名や都市名など固有名詞は言語を越えて同じ音で表されることが多い。東京はTokyo、あるいはTokioと記載されるし、アメリカの都市New Yorkは日本語でもニューヨークだ。
そうなってくると自然と気になるのはその例外の方だ。言語によって同じものの固有名詞の音が違うものの方が気になってくる。手っ取り早く思いつくのは、中国人の名前である。同じ文字を使っているがために、日本での中国人名は中国語の読み方と異なっていることが多い。毛沢東は日本語では「もうたくとう」だけれど中国語では「マオ・ツォードン」、孫文は「ピンイン」と発音されるらしい。もしロゼッタ・ストーンが中国語と日本語の平仮名で記されていたら、シャンポリオンもお手上げだったかもしれない。
地名でも勿論例外がある。オーストリアの首都であるウィーンだ。かつてヨーロッパの数カ国を支配したハプスブルク家のオーストリア帝国の首都であったこの都市の名は、当地ではWienと書いてヴィーンと呼ぶ。英語では英語ではヴィエナ Vienna、フランス語でヴィエンヌ Vienne。どれも日本語とは違う。日本語の呼び名はドイツ語表記を英語読みしていることになる。
このようなことは何故だかサッカー・チームの名前でもあるのだ。その不思議なチームは「レッド・スター・ベオグラード」。ストイコビッチも在籍していたこのセルビアの名門チームは日本語ではレッド・スターと呼ばれる。レッド・スターは勿論英語だ。赤い星。ドイツ語ではRoter Stern、スペイン語ではEstrella Rojaと呼ばれ、いずれもやはり赤い星を意味する。その国の言語に紛れてしまうという珍しいチームである。当地ではやはりセルビア語で赤い星を意味する「ツルベナ・ズベズダ(Crvena Zvezda)」となり、これが正式名称だ。一人で繰り返し発音してみよう。
ツルベナ・ズベズダ
ツルベナ・ズベズダ
ツルベナ・ズベズダ
なんだか後半部分がズタズタになってしまい、とても弱そうな響きがしてしまう。だから国ごとに呼び名を変えているのかもしれない。
ちなみにイタリアのミラノ(イタリア語でもミラノ)に本拠地を置くチームがACミランと英語の地名になっているのは、もともと英国人が作ったクラブだからである。
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