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コーヒーとヨーロッパ

 学生時代に卒業旅行でエジプトに行った。エジプトへは日本から直行便が無く、パリ経由だった。トランジットに時間があったので、僕は早朝のパリ市内へと向かった。見所である博物館はもちろんのこと、開いているお店はほとんどない、まだ薄暗いパリ市内。数少ない光は朝早くから開いているカフェのものばかりだった。そこで僕はパリジャンと同じようにカフェ・オレとクロワッサンで腹ごしらえをした。パリジャンみんながカフェ・オレとクロワッサンで朝食を済ませるのかどうかは分からない。カフェ・オレもフランス気取りだが、そもそもコーヒーはアラブの世界から来たものだ。
 コーヒーの正確な起源は定かではない。エチオピアのカルディという名前のヤギ飼いの少年が、山中でコーヒーを食べたヤギが興奮状態になることに気づいたことから発見したという説とオマルという名前のイスラム修道者が、追放されて迷い込んだ山中で鳥に導かれて見つけたという説があるらしい。どちらも眉唾物だ。ただ9世紀には既に中東の文献に登場する。アラビアの世界では早くから一般的な飲み物だったようだ。このアラブの飲み物をヨーロッパへと運んだのはトルコの軍隊だった。17世紀にオスマン・トルコの軍勢はウィーンを包囲していた。守勢に廻った神聖ローマ・ドイツ皇帝レオポルト1世とロレーヌ公国皇太子は町から数マイル離れた場所に陣をはり、町の内部にはシュターヘンベルグ伯爵の率いる守備隊が留まってポーランド王国からの援軍を待つことになった。しかし援軍は来ない。その時、連絡係を買って出た一人の男がいたのだった。彼の名はフランツ・ゲオルグ・コルシツキー。トルコ人の服装で身を包み、彼は包囲網を突破してポーランド軍との連絡を取ることに成功し、結果トルコ軍は敗走する羽目になってしまった。一目散に逃げたのだろう。敗走後にはさまざまな物品が残されていた。その中に大量のコーヒー豆があったのだという。当時のヨーロッパではコーヒーを飲んだことがある人間なんていない。変な黒い豆を見ても欲しがる人はいなかった。ただ一人、コルシツキーだけが興味を示し、後にトルコ風コーヒーを飲ませるウィーン初のコーヒーハウスを開店したのがヨーロッパとコーヒーの邂逅だったのだという。猾い男です、彼は。彼はコーヒーのあの酸味を知っていたに違いない。
 トルコ人が飲んでいたトルコ・コーヒーは細かく挽いた豆を濃く煮出して、濾さずにカップに注ぎ、上澄みだけ飲むものだ。これがどういう変化を遂げた結果、カフェ・オレにまで辿り着いたのかは分からない。でもその後、日本でも最後の将軍徳川慶喜のひ孫がコーヒーに携わることになるくらい、世界中に広まっていったことは確かだ。

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